金沢大学「「お宝発見!プロジェクト」支援事業」

 金沢大学附属図書館では、研究者の研究・教育テーマのシーズ探しを目的として、所蔵資料を活用したプロジェクトに対して支援を行う「「お宝発見!プロジェクト」支援事業」を2022(令和4)年度から実施しています。立ち上げ当初から事業を担当されている、金沢大学附属図書館総務部学術情報課専門職員(貴重資料担当)の橋洋平さんにお話を伺いました。

 

(写真1)歴代担当者

歴代担当者のみなさま:左から香川文恵学術情報課副課長(学術情報サービス担当)、橋 洋平学術情報課専門職員(貴重資料担当)、押見智美学術情報課副課長(学術情報管理担当)。中央図書館「思考の森」展示コーナーにて撮影(2024年11月)

 

Q. 「「お宝発見!プロジェクト」支援事業」が始まった経緯を教えてください。

 金沢大学の前身校の一つである旧制第四高等学校(以下、四高)出身で、その後教授も務めた西田幾多郎という哲学者がいます。西田の代表作『善の研究』は4つの章で構成されていますが、そのうち第2章、第3章は、四高教授時代の講義がもとになっています。その講義原稿を当時の四高生が印刷した冊子『西田氏実在論及倫理学』は『善の研究』の原本の一部となる資料であると言われていましたが、存在が確認できなかったため、研究者の間で長年「幻の本」と言われていました。ところが、2022(令和4)年4月に石川県西田幾多郎記念哲学館(以下、哲学館)からの依頼を受けて調査した結果、当館準貴重コレクションの一つ「駒井文庫」から発見されたのです。当時は大きなニュースとなり、同年6月に哲学館と合同で記者発表を行ったところ、地元メディアでもかなり大きく取り上げられました。このことを学長や図書館担当理事に報告した際、学内研究者の調査研究対象となるような貴重資料が他にもあるのではないか、という意見が出てきました。それを受けて始まったのが、この支援事業です。狙いは次の2つです。①主に文系研究者に図書館の資料を研究・教育のシーズとして活用していただくこと、②研究成果として、未遡及資料の蔵書目録や解題書誌を作成し図書館に還元していただくこと。研究者と図書館それぞれの「Win-Win」を目指していることがポイントです。
 また当館ならではの事情として、①前身校から継承した蔵書をほぼそのまま所蔵していること、②未遡及資料(特に和装本や漢籍)が一定数あること、③前身校時代に使っていた「教育掛図」、校友会雑誌、戦前の事務文書など、他の地域と比較して戦災が少なく戦前の資料が多数残っているため、一般的な蔵書以外の「お宝になる可能性のある資料」をかなり所蔵していること、などがあります。
 また本学では2017(平成29)年に金沢大学ゆかりの二人の哲学者,西田幾多郎,鈴木大拙にちなんだ「金沢大学国際賞」を創設しました。そういった全学的な流れも、背景のひとつと言えるかもしれません。

 

Q. プロジェクトへの申請者はどのような立場の研究者が多いのでしょうか。

 3年間で合計11件のプロジェクトを採択していますが、代表者はすべて人文・社会系の教員です。担当者としては、大学院生をはじめ若手研究者に活用して欲しいという思いはあるのですが、まだそこまで浸透していないようですね。

 

Q. 募集要項に「グループによる申請を推奨」とありますが、それはなぜですか。

 意図としては、個人研究よりも複数の研究者グループによる分野横断的な協働研究のほうが、本学を含めた大学における研究のトレンドになってきていることを受けています。このプロジェクトがその出発点になることを期待していますが、現時点では、特定の専門分野に関する小規模な研究がほとんどという状況です。ただし、プロジェクト採択事業のひとつで、明治時代の「教育掛図」の印刷技法について関心のあった美術の教員が、掛図の地図を調査しているうちに、「これは地理の研究者にも関心を持ってもらえるのでは」と学内の関連教員に呼びかけた結果、そこから研究グループに発展しそうな動きも出てきています。こういう形が増えていってほしいですね。

 

Q. 申請内容を審査する「図書館委員会コレクション検討ワーキンググループ」について教えてください。

 図書館長+図書館委員会委員(教員)2名+担当課長の4人で構成されています。委員は人文・社会系の教員に依頼していますが、特定分野の専門家としてではなく、一般的な研究者の立場でご参加いただいています。2022(令和4)年度の本プロジェクト立ち上げと同時に創設しました。そのほか、2023(令和5)年度から運用を開始した中央図書館の新しい展示コーナー「思考の森」の活用、デジタル・アーカイブを含めた附属図書館資料の活用検討などを所掌します。

 

Q. このプロジェクトに採択された支援事業がどのような展開をしているか教えてください。

 このプロジェクトのいちばんの狙いは、蔵書(特に前身校からの継承資料、個人文庫など)をもっと有効活用して欲しいということ。その中から小さくても良いので「新たな発見」をしてもらい、その内容を論文や展示といった形でアウトプットして欲しいという思いがあります。その点では、2022(令和4)年から2年連続で、四高時代の「教育掛図」をテーマとしたイベントを行えたことは、たいへん良い成果だと思っています。明治時代初期の版画の技法などにスポットを当てた内容で、視覚的にも分かりやすい内容だったので、楽しみながら資料への関心を高めてもらうことができました。
 これまで前身校から受け継いだ資料については、「(漠然と)貴重なもの」というぐらいの認識でしたが、この支援プロジェクトを通じて、「その中でも特にこの資料が貴重」という具体的な情報を得られたこともありがたいですね。資料の劣化が進みつつあり、修復や電子化といった対応が必要になってきているため、具体的な計画を考える根拠として役立っています。特に電子化については、このプロジェクトで対象となった資料を優先的に電子化して公開していく、という流れを作りたいと考えています。その他、教員と協働する形で「思考の森」展示コーナーでの企画展示につなげたいとも考えています。
 また担当職員としては、研究をダイレクトに支援している実感が持てるので、面白い仕事、やりがいのある仕事だと思いますね。支援事業を通じて資料の価値について理解を深めることができると同時に、研究者との距離が近くなったことが有意義だと感じています。

 

(写真2)R5のシンポジウム(2023年12月1日)_rev

事業の一環で実施した「四高掛図シンポジウムII」(2023年12月1日、中央図書館AV室)

 

Q. 広報は図書館HP以外にはどのような手段を用いているのでしょうか。

 学内のポータルサイト(アカンサスポータル)に公募情報を掲載すると、学内者全員に電子メールで内容を送信することができるので、このシステムで広報を行っています。その他、図書館委員に口コミをお願いしています。

 

Q. 支援事業を巡る課題等があれば教えてください。

 開始して3年経ちましたが、申請者が固定化してきているので、もう少し幅広い層に活用して欲しいところです。これは、特別資料室(非公開の貴重書室)にある貴重資料の目録整備が不十分であることが一因でもありますので、対応が必要と考えています。また、資料に関する知識の継承も課題のひとつです。デジタル・アーカイブやWebサイト等を活用した情報の蓄積と共有化を図っていきたいですね。もうひとつは、プロジェクトの研究成果の公開がやや遅れ気味であることです。最終的には、金沢大学資料館 (以下、資料館)が運用しているデジタル・アーカイブでの公開を目指しているのですが、現在サイト移行中で、資料館と連携しながら正式運用に向けて準備を進めているところです。

 

Q. 支援事業の今後の予定や展望を教えてください。

 一人の研究者が同じテーマで申請できるのは3年まで、という規程にしたので、事業開始から3年目の今年度が一区切りではあります。意義のある活動だと考えておりますので、今後も同様の仕組みで続けていきたいですね。そのためには、まずは当館にどのような資料があるのか、全体の概要を示せるような目録の整備が必要です。また3年間関わってきた担当者の感想としては、ある意味、図書館員の方が日常的に資料に接している時間は長いので、図書館員が教員に候補になりそうな資料を提案して、興味を持った研究者に調査してもらう、といった図書館員提案型のようなものも考えられないかと思っているところです。

 

「お宝発見!プロジェクト」支援事業」に関する担当窓口および連絡先:
学術情報課専門職員(貴重資料担当)
collection@adm.kanazawa-u.ac.jp
(@を半角にして送信してください)
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※本事例は、「『オープンサイエンス時代における大学図書館の在り方について(審議のまとめ)』に対する、国立大学図書館協会会員館の取り組み状況(令和5年12月現在) 」の一例です。  

 

「ビジョン2025重点領域2企画」担当者チーム
北海道大学附属図書館 城 恭子(取材・文責)

取材日:20241111日(月)