九州大学「中村哲医師メモリアルアーカイブ」及び「中村哲著述アーカイブ」
アフガンの地で35年余にわたり医療・灌漑・農業事業に従事し多くの人々の命を救った故中村哲医師(1946年-2019年。九州大学医学部卒、特別主幹教授)。その志を次代に伝えるため、九州大学では、氏の活動母体であったペシャワール会との相互協力協定を締結し、「中村哲先生の志を次世代に継承する九大プロジェクト」を立ち上げています。
プロジェクトは、「中村哲医師メモリアルアーカイブ」(2021年3月オープン)、「中村哲著述アーカイブ」(2021年3月公開)、初年次学生を主な対象とした「中村哲記念講座」(2021年度より開講)を柱としています。
Q: 2つのアーカイブについて教えてください。
室井: 「中村哲医師メモリアルアーカイブ」は、中央図書館のラーニングコモンズ「きゅうとコモンズ」の中に設置された展示空間です。「繋ぐこと」をテーマとし、訪れた方が中村医師と向き合い対話する場を想定しています。芸術工学研究院の先生方がデザイン・設計した空間は、年表が記された円柱や、日本電波ニュース社が長年取材してきた映像、本学の学生が読書会で選んだ言葉を配したガラススクリーン等、関係者の思いが融合したつくりとなっています。
「中村哲著述アーカイブ」は、中村医師が書き記した文章や、発した言葉を中心にデジタルデータの形で収集・保存し、九州大学学術情報リポジトリ(QIR)を利用してインターネット上に公開しています。中村先生は新聞や週刊誌、機関誌、地域の広報誌など様々なメディアに寄稿やインタビュー記事で言葉を残されました。また、帰国中の短期間に、全国を飛び回って講演活動をされていました。これらの記録は、学術情報とは異なり、時間の経過とともに失われる可能性が高く、散逸しないよう収集・保存・公開することが著述アーカイブの目的です。
メモリアルアーカイブという物理的な空間が中村医師との出会いとなって、そこから著述アーカイブというデジタルの空間で、より深く中村医師の言葉に触れていただきたいと考えています。
Q: プロジェクトはどのように動き出したのでしょうか。学内外の様々なつながりはどのように作っていかれたのですか。
室井: 2020年6月に前総長によって、プロジェクトとメモリアルアーカイブが発案され、同時期に、著述アーカイブも構築してはどうかという構想が図書館で立ち上がりました。
学内のつながりとしては、イベントの開催に関わった学生や、著書の読書会に参加した学生が、記念講座でTAを務めてくれたり、noteで魅力を紹介してくれています。また、全学的なプロジェクトとして、大学の運営に関わる先生方や医学部同窓会の先生方と、メーリングリスト等でゆるやかなつながりを持っています。関連の事務組織とも、記念講座やプロジェクトの広報等、連携・協力して進めています。
兵藤: 過去にも、例えば、2018年の新中央図書館グランドオープンといった大きなプロジェクトで全学の先生方や学生さんを巻き込んでいった成功体験があります。その下地と、あとは著述アーカイブの発案者である堀課長の熱い思いとリーダーシップで動いたと思います。
室井: 学外について、ペシャワール会事務局や、中村医師が幼少期を過ごした古賀市に対して、アーカイブ設立趣旨の説明や、協力のお願いに伺いました。また、資料収集の一環で、出版社やペシャワール会の元ワーカー、活動を取材し続けている報道関係者等、多くの方との面識ができました。プロジェクトが進むにつれて、中村先生に関する授業に取り組む小学校の先生や、中村先生の母校である福岡高校の高校生ともつながりができました。
Q: コンテンツ公開にあたって、気を付けていることはありますか。
室井: ペシャワール会の事務局とは、電子化や公開方法について、何度も協議を重ねてきました。写真等の公開にあたって、現地活動や宗教的な事情等を考慮しています。また、著作権処理は、図書館でやる以上、きっちり行うべきプロセスです。発行元に許諾を得られたものから公開しています。連絡がついた出版社さんは、中村先生の考え方、活動をもっと知って欲しい、と概ね好意的です。
Q: アーカイブはどのように利用されていますか?
室井: きゅうとコモンズで行われる記念講座では、著述アーカイブのコンテンツが、参考資料や課題図書として利用されています。また、学生が、中村先生の著書のコンテンツでオンライン読書会を行ったと聞きました。
著述アーカイブのダウンロード数は、アフガニスタンの政変があった2021年の8月に急激に伸びています。現地情勢に関心を持つきっかけになればと考えています。
Q: 今後のご予定や課題はありますか?
柳田: 資料の魅力を知っていただけるような資料紹介等の企画を、メモリアルアーカイブとも連動させて仕掛けていければと考えています。
室井: 課題ですが、収集資料や発信先の多様化に備え、著述アーカイブのメタデータの複数言語対応を考えていきたいです。また、最近集まりだした書簡や手稿等は、公開する部分と個人情報等制限が必要な部分のバランスが難しく、本学の文書館、総合博物館、記録資料館の協力を得て、運用ガイドラインの整備を進めています。
柳田: 映像は、媒体変換や保存等の技術的な問題や権利処理に加え、切り取られて作成者や発言者の意図しない字幕を付けられ拡散されることへの懸念等、公開する上での難しさがあります。学内外に協力を仰ぎながらゆくゆくは、著述アーカイブでも公開できればと思います。
Q: 最後に、二つのアーカイブを運用していてよかったと感じることを教えてください。
室井: アーカイブが本学や図書館を知ってもらうきっかけになっていること、通常の業務では出会えない方々と関わりを持てたことです。また、リポジトリ係としての喜びは、研究者以外の一般の方が大学の機関リポジトリに触れる機会が増えて、リポジトリの新たな活用方法が発見できたことです。
堀: このプロジェクトで、大学図書館ってすごいなあと思ったんですよね。大学図書館しかこんなことやれないし、機関リポジトリの持つ潜在的な力を感じています。リポジトリはもっと自由で、もっといろいろなことに使われていいし、一つの形として良いものが作れていると思っています。
柳田: とにかく、中村先生自体の面白さと、出てくる資料の面白さが圧倒的です。こんなこともやっているのか、この時代からこんなことを言っているのか、という驚きが常にあって、ぜひご覧いただきたいです。
「中村哲医師メモリアルアーカイブ」及び「中村哲著述アーカイブ」に関する担当窓口および連絡先:
リポジトリ係
pj_nakamura@jimu.kyushu-u.ac.jp
(@を半角にして送信してください)
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「ビジョン2025重点領域2企画」担当者チーム
筑波大学附属図書館 峯岸 由美(取材・文責)
取材日:2023年1月5日(木)