小泉八雲としても知られるラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn, 1850~1904)の2千4百余冊の蔵書が、「ヘルン文庫」として、富山大学附属図書館に所蔵されています。大学で大切に受け継がれながら、地域とのつながりも生み出している「ヘルンさん」の蔵書を巡って、富山大学研究推進部学術コンテンツ課課長補佐の林和宏さんにお話しを伺いました。
ヘルン文庫100周年感謝祭で発表する林さん
Q:まずは「ヘルン文庫」について、教えてください。
富山大学の前身校のひとつである旧制富山高等学校の創設にあたって、初代校長の南日恒太郎氏が、当時はへき地だった富山に、優秀な教師や学生を集めたいと考え、ハーンの蔵書を富山の地で持つことに、意義を見出したんですね。そこで、地元の資産家だった馬場はる氏の協力を得て、小泉家から蔵書を譲り受けたことがヘルン文庫の始まりとなります。
ですから、単なる貴重書文庫ではなく、図書館にとっては源流的なものと言えます。また、地域の力を借りて設置できた文庫であり、大学にとっても象徴的なものになっていると思います。例えば、教務情報システムは「ヘルン文庫」にちなんで、ヘルン・システムというんですよ。ちなみに、「ヘルン」というのは、ハーンが松江に教師として赴任した際に記載された日本語表記で、ハーン自身も奥さんのセツさんや身近な人に「ヘルンさん」と呼ばれることを好んでいたことに由来しています。
Q:「ヘルン文庫」は、いわば富山大学の顔のようなものなのですね。そうした「ヘルン文庫」に関わって、図書館ではどのような業務をされていますか。
まず、研究者の閲覧、展示会への出陳、出版物への掲載やテレビ放映への対応など、貴重資料に関わる一般的な業務があります。月に1回の一般公開もしているのですが、これは案内などを市民ボランティアさんに協力いただいて行っています。あとは、デジタル化ですね。ハーンの書き込みがある本など、まだ撮影したいものがあるので助成金を取得するなどして、少しずつですが進めています。
ハーンに関連する本や資料は今でもどんどん出ますので、それらを収集する業務もあります。そういう意味で、「ヘルン文庫」は今でも成長していますし、ハーンは本当に息の長い作家だと思います。文学的で練られたストーリーはもちろんですが、彼は新聞記者でもあったので、文章にも庶民の生活をすくい取る目線があり、それが今でも人を惹きつけるのかもしれません。
こうした「ヘルン文庫」に関わる仕事は、以前は主に担当者がひとりで行っていたのですが、利用やデジタル化などの業務に応じて、複数の職員が関わる体制に変えていっています。専任で詳しい人がいることも大切ですが、知識を職員の間で共有しながら、「ヘルン文庫」に関する業務を次の世代に繋げていく体制も重要と考えています。
Q:「ヘルン文庫」が、研究や教育に活用されている事例はありますか。
本学の教員が集まり「富山大学へルン研究会」をつくっていて、例えば、蔵書の書き込みの研究をなさっている先生もいます。書き込みが示す箇所から、ハーンが創作の材料としたものが分かってくるそうです。図書館が関わっている例ですが、教育については、授業の中で行う図書館ツアーで取り上げたり、高校の調べ学習に対応したりしていますね。
また、ハーンの著作を、地域の英語学習の教材に活用しようとする取り組みもあります。一般の方も参加するヘルン文庫とハーンの研究会である「富山八雲会」が、小学生等を対象に、ハーンの英文を紙芝居で発表してみようといった活動をされているんです。『怪談』などにでてくる妖怪に若い人も興味を持ってくれているようです。これは「ヘルン文庫」があることで始まった活動になると思います。
Q:「ヘルン文庫」は、地域とのつながりも強いようですが。
行政との関わりもありますが、一般の方も含めたつながりとしては、やはり「富山八雲会」との関係が中心になります。「富山八雲会」は、戦前にあった富山高等学校八雲会を再興する形で2001年に結成されているのですが、たいへん活発に活動されています。
図書館としても協力関係にあるのですが、歴代の「ヘルン文庫」の担当者は個人的にも参加している方が多くいました。私も担当になったときに参加してみようと入会したのですが、紀要を刊行されていたり、毎月の定例会ではつっこんだ内容の輪読が行われていたりで、たいへん勉強になっています。とくに先日開催された「小泉八雲蔵書ヘルン文庫100周年感謝祭」では、協力体制をとって進めたこともあって、100周年という節目で関係性がより強まったと感じています。
Q:「小泉八雲蔵書ヘルン文庫100周年感謝祭」は、大学を挙げての大きなイベントでしたね。
11月2日のイベント当日は、ハーンの曾孫にあたり八雲研究者の小泉凡先生に講演をいただき、学長や図書館長をはじめとする学内の先生の発表、富山八雲会による紙芝居やアナウンサーによる『怪談』の朗読を実施し、たいへん盛況な会となりました。実は、「ヘルン文庫」創設100周年ということで、地元の文学館での展示会や、図書館を会場にした巡回美術展のお話をいただいていたんですね。こうした流れと一体的な形で、これまでの「ヘルン文庫」を介したいろいろなつながりに感謝を示したいということから、「感謝祭」と銘打って、本学のイベントとして開催しました。
小泉凡先生記念講演(ヘルン文庫100周年感謝祭)
富山八雲会による紙芝居「むじな」(ヘルン文庫100周年感謝祭)
準備自体は昨年の冬頃から始めたのですが、試行錯誤しながらも臨機応変に対応してきました。最後は時間との闘いでしたが(笑)。企画はもちろん、ほとんどすべて職員で手分けしながら、準備を進めていきました。図書館長も内外の交渉などに積極的に動いてくださいましたし、職員も本学は中央図書館のほか、医薬学図書館と芸術文化図書館があるのですが、オンライン打合せも活用しながら、全館で一緒に取り組む機会にもなりましたね。暗闇で「ヘルン文庫」の独特の雰囲気を味わってもらおうと、若手のアイデアから実現した「ナイトツアー」なんていう企画もあったんですよ。
ヘルン文庫ナイトツアー(ヘルン文庫100周年感謝祭)
Q:100周年を迎えた「ヘルン文庫」ですが、今後の展望はいかがでしょう。
コロナ禍に入学した学生さんは、「ヘルン文庫」に触れる機会がありませんでしたので、「感謝祭」をきっかけに親しんでいってくれたらと思っています。来年には、ヘルンさんとセツさんをモデルにしたNHKの朝ドラも予定されていますし、地元の方にもより広く「ヘルン文庫」を知っていただく機会にしたいですね。
蔵書の書き込みも含めてですが、本当にここだけにしかないものが目の前にあるという、場が持つ意味って、とても大きいと思うんですよ。そこにデジタル化されたバーチャルなものをからめていくことで、その場はさらに生きてくるはずです。そうした「もの」と合わせた「場」の使い方は、これからの「ヘルン文庫」を考えていく上でも、重要なポイントかなと思っています。
「ヘルン文庫」に関する担当窓口および連絡先:
富山大学附属図書館中央図書館
chuolib@adm.u-toyama.ac.jp
(@を半角にして送信してください)
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「ビジョン2025重点領域2企画」担当者チーム
京都大学附属図書館 赤澤 久弥(取材・文責)
取材日:2024年11月12日(火)