ビッグビジネスへと変貌を遂げた学術コミュニケーション

今のシステムは脆弱

高価なものに高い価値があるとは限らない

ビッグビジネスへと変貌を遂げた
学術コミュニケーション

学術コミュニケーションは研究成果の伝達手段から数十億ドルの ビジネスへと変貌を遂げました。

毎年、商業出版者は吸収･合併を経て学術コミュニケーション市場で 勢力を拡大しています。主に学会から個々の学術誌を買い取る方法で勢力を伸ばしています。

現在、北米研究図書館協会加盟図書館121館では学術誌購読に 年間約4億8000万ドルが費やされています。現在のレベルの購読タイトル数をそのまま 維持するだけでも、2015年には19億ドルが必要になります。北米の図書館への支援が 現在のレベルのまま推移すると想定して、全図書館で2015年に学術誌だけに40億ドルが 費やされるなどと想定するのは無理があります。

学術情報を取り扱う商業出版者のマージンは最高で年間40%に上ると 推定されています。どの業界についても、部外者が利益を知るのは困難です。また、 商業学術出版社のほとんどは大企業の傘下にあるので、利益をめぐる事情は複雑です。

とはいえ、商業出版者の利益については説得力のあるデータがあります。

• 1997年度と1998年度について、商業出版者2者の学術誌の投下資本利益率はそ れぞれ37.5%（Wolters Kluwer）と33.7%（Reed Elsevier）でした。同時期における 定期刊行物の出版者の投下資本利益率の中位の値は19.3%でした。 [出展：www.arl.org/newsltr/200/wyly.html 及びwww.arl.org/newsltr/207/pubprofits.html

北米の研究図書館が学術コミュニケーションに費やす資金に占める商業出版者の シェアは驚くほどです。

1997年に実施されたARL加盟図書館による非公式調査の結果、北米の平均的な 研究図書館はElsevier Science（Reed Elsevierの所有する大手出版社）から 378タイトル程度を購読していることが明らかになりました。報告のあった図書館によれば、 同社は全タイトル数の約3.5%を占めました。1誌あたりの平均購読コストは1661ドルなので、 全部で628,000ドルとなり、図書館の全購読誌に占める割合は購読予算全体の1/5を上回る 21%を占めました。

同年の全雑誌の平均購読価格は235ドルでした。この購読価格であれば、 628,000ドルで2,672タイトルを購読できたはずです。

Bredan Wylieは、商業出版社（Reed ElsevierとWolters Kluwer）の推定純差益と 業界平均のそれを比較してその差額を計算する方法で、学術出版物の消費者が節約できたはずの 金額を推計しました。彼は、これらの2社がその利幅を業界平均のレベルに引き下げるだけで 消費者は2億2710万ドルを節約できたはずと結論付けました。これは研究図書館61館の全購読誌を まかなえる金額です。

商業出版者の利益については、別の見方もできます。すなわち、非営利出版者の それと比較するのです。この場合、違いはさらに顕著です。

• 1988〜1994年を対象期間として実施されたコーネル大学の研究により、 商業出版者の発行する農学誌の価格は77.8%上昇しましたが（年率約10%）、非営利学協会の 出版物の値上がりはわずか33.3%（年率約4.9%）であることがわかりました。 1,000文字当たりの価格がもっとも高いことでランクされる30誌のうち、26誌が商業出版者の 雑誌であり、同じく農学誌25誌のうち、24誌が商業出版者の雑誌でした。 詳細はこちら。

• さらに最近のウィスコンシン大学の研究では、物理学や経済学などを含む 分野で商業出版者と非営利出版者の間で価格差のあることが確認されました。この研究により、 商業出版者の物理学分野の雑誌価格は非営利誌の平均2.5倍であることが明らかになりました。 商業出版者の発行する経済学分野の雑誌は4倍に近い価格でした。ウィスコンシン大学の 詳しいデータはこちら。
  

これら2件の研究では、出版者間のばらつきを排除するため、平均値（1,000文字当たり の平均コスト）が用いられました。

今のシステムは脆弱

学術コミュニケーションは大規模で儲かるビジネスになりましたが、 実のところそのシステムは非常に脆いのです。

学術コミュニケーションは、研究および知見を報告するために、 作成、評価、編集、構成、配布、編成、提供、保存、利用、および変換するプロセスです。普 通、学界の一員である学者・教員は論文を執筆し、その情報の発表を出版者に委ねます。 図書館はこの情報を出版者から購入して、それを整理した上で利用者に提供します。

上記がうまく機能する限りは、学術研究を広く普及させることが 可能な、学者・教員が学術研究の成果を継続的に利用できるシステムです。

役割別に分類すると、このシステムは、創作、品質管理、生産、 流通、消費、および支援 の6つの部分に分かれます。役割相互の関係は以下のモデルの ようになります。

それぞれの役割について、以下に詳しく説明します。創作

• 創作 は上記モデルのカギを握る役割であり、もっと重要な 構成要素です。学者・教員が支配する唯一の領域です。知的創作プロセスなしに、 このシステムが存続することはありません。
• 品質管理 は基本的に編集のプロセスです。学者・教員は 専門家同士の厳しい評価を介して学問の気高さと価値を守っているのです。これもまた 学者・教員だけに許された領域であり、事実、学者・教員は編集委員会の編集プロセスに 責任を負っています。
• 生産 は主に出版者の領分です。出版者は、原稿校訂、イラスト、 および評価･編集プロセスを介して付加価値を与えます。
• 学術コミュニケーションの流通は図書館と出版者の役割であり、図書館は ほとんどの読者への普及のために責任を負います。図書館は、目録作り、索引付け、整理、 および保存を介して付加価値を与えます。
• 消費 もまた学者・教員の領域ですが、その生徒や学者・教員の 論文に興味を持つ学者・教員以外の読者も消費に参加します。
• 上記の土台となるのが支援であり、大学、政府、助成機関、そしてもちろん 納税者などの諸機関または市民によって提供されます。

上記の役割モデルについては注意すべき点がいくつかあります。

１．学術コミュニケーションについて論じるときに忘れられがちな支援 は、 特に創作段階と流通段階で非常に重要です。論文を出版するほとんどの学者・教員は その所属機関や助成金などの支援を受けています。また、図書館が雑誌を購読できるのは、 その所属する教育機関の支援があるからです。このような支援がなければ、今のシステムは 崩壊してしまうでしょう。また、支援が僅かにでも減れば、システム全体に及ぶ問題が生じます。

２．学術コミュニケーション・システムの健全性は各部門の役割がどの程度円滑に 果たされるかによって左右されます。学問が普及すればその刺激を受けてさらなる創作の 基盤が形成され、研究と発見が促進されます。読者層が広がれば、学問はますます創造的な成果を 生み出すでしょう。したがって、事実上すべての学者・教員はその論文ができるだけ多くの人に 読まれることを望んでいます。

３．このシステムの大部分について、学術出版の担い手は非営利企業です。 参加する者のすべてに明確な利益をもたらすシステムではありますが、出版者がもっとも 活躍する 生産は経済的利益をあげられる唯一の部分です。 事実、経済的側面に限れば、このシステムの他の部分は稼ぐ よりも むしろ金を使う部分なのです。

４．上記のモデルを、システムを支配する部分を中心に書き直すと以下のようになります。

学術出版物は、主に利益をインセンティブとしてビッグビジネスに なりました。主導権の大部分は、重要な決定についての発言力を増し、このシステムから ますます大きな利益を引き出すようになった商業出版者によって握られています。 その結果、偉大な普遍的価値を生み出す力を持ったこのシステムの中で真に重要な役割を担う 学者・教員は基本的に主導権を失っています。自身の著作物の権利さえも失って、 たとえば自分のクラスの教材として自著を使用するのに許可を求めなければならない 学者・教員も一部には存在します。

高価なものに 高い価値があるとは限らない

賢い消費者は、購入を予定する商品の価値を知ろうとするものです。 彼らは製品が価格に見合うかを検討します。

もちろん、学者・教員はトースターや車を物色するように情報を 品定めするわけにはいきません。それでもなお、価値の検討は有益で役立つことです。 それは学者・教員がこの危機を理解する上で役立ちますし、学者・教員がときとして 迫られる、たとえば図書のキャンセル案のような難しい選択を行うときにも必要です。

以下の三つの尺度は、学術コミュニケーションの価値を費用対効果の 観点から判断するのに役立つことが証明されています。

1. 単位当たりのコスト。この尺度には、ページ数・単語数・文字数の計数単位が 含まれ、これらをコストと比較します。

2. 引用分析、インパクト解析。他の学者・教員が学術出版物を何回引用したかを 調べれば、その学術誌が専門分野においてどの程度の影響力を持つかがだいたいわかる とする説があります。重要な尺度は引用1回あたりのコストです。

3. 使用頻度。その学術出版物がどの程度実際に使用されているか、 つまり学者・教員にとってどの程度の値打ちがあるかを知るための尺度です。 重要な尺度は使用1回あたりのコストです。

もちろん、これらの尺度はいずれも、ほとんどの学者・教員が関心を持つ 要素の絶対的に正確な指針にはなりません。それでもなお、これらの尺度からは、 概してデータのまったく存在しない分野において重要なデータが得られます。

学術誌の価値が測られ得るものだとして、一連の研究から何がわかったの でしょうか？　以下の結果は特に注目に値します。

• 学協会のような非営利団体の出版する学術誌は全体的に商業出版者の それよりも大幅に低価格です。ある研究では、神経科学分野の商業誌は、 1文字あたりのコストのような補正処理を施したあとの平均値でも非営利出版物の 6.5倍高価であることが明らかになりました。 詳細はこちら。
• 非営利誌は、その平均コストに対する専門分野内の影響を尺度としたときに、 常に商業誌を凌ぎました。ある研究では、非営利の経済学誌は商業誌よりも3倍以上も コストパフォーマンスに優れていると結論付けられました。詳細はこちら。
• コーネル大学の研究では、少数の商業出版者が、その並外れて高い価格のために、 購読コストのほとんどを占めており、ヨーロッパの出版者においては高価格が 定着しています。 詳細はこちら。
• しかし、概してデータアナリストは、学術誌の価値を測ろうにも価格と価値の 相関関係を一切見出せないでいます。

• 学術誌コレクションには80対20の法則があてはまるようです。というのも、 いくつかの研究において、学術誌利用のおよそ80%が学術誌タイトルの約20%に集中していることが 明らかになっています。