地域的戦略と世界的戦略
図書館と学者・教員たちは学術コミュニケーションにおける危機に
対処するため、数多くの戦略を用いてきました。
- 地域レベルでは、言うまでもなく図書館は、購買力の低下に対処するために、
雑誌の購読タイトル数の削減をはじめ、文字通りあらゆる種類の受入資料を減らしてきました。
- また、彼らは他の図書館の莫大な図書資源を検索するのに必要な
ドキュメント・デリバリー・システムを改善してきました。
- 多くの図書館は購読タイトル数減少の影響を緩和するために親組織からの
特別補助金を獲得することに成功しています。
- 図書館間の相互利用のシステムは大きな進歩を遂げていて、現在では多くの
図書館が他の図書館との提携を公表した上で一部の研究資料を提供しあっています。
- 電子リソースのさらなる活用は重要な新戦略です。ローカル・サイト・ライセンスに
より電子リソースにアクセスする対応と、コンソーシアム・ライセンスによりアクセスする対応が
とられています。
また、図書館とその利害関係者は、上記の地域的運営戦略の枠を越えて、
この危機に対処するためにその総力を結集しています。
- J-STOR は、加盟図書館の資金提供を受けた共同プロジェクトです。
このプロジェクトは、特に社会科学と人文科学の分野で重要な学術誌のバックナンバーの
デジタル版を大量に作成する方法で図書館の抱える保存・保管上の問題を軽減するのに
役立っています。 詳細はこちら。
- また、共同電子出版というベンチャー事業も芽生えています。
HighWire Press(スタンフォード大学)は、科学情報を電子形態で流通させる手段を学会と
出版者に提供しています。 詳細はこちら。
Project Muse(Johns Hopkins University)では、
他の学術出版者の発行する学術誌を電子化して、Johns Hopkins University Pressの電子目録に
加えようとしています。 詳細はこちら。
- SPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition) は
180を超える加盟図書館から構成されており、科学コミュニケーションにおける競争の促進を
目的としています。SPARCは、学会を含む出版者に既存の高額雑誌に対抗できる低価格・高品質の
雑誌の製作を呼び掛けています。商業出版者から非営利の出版者への乗換えを考える編集委員会
をサポートしています。また、SPARCは、学術情報の普及を目的とした技術革新と、多種多様な
重要情報資源を統合する科学情報コミュニティの創立も奨励しています。詳細はこちら。
雑誌以外の図書の削減
おそらく学術誌のキャンセルは学術コミュニケーション危機を
もっとも顕著に象徴する現象でしょう。1986〜1999年に、北米の平均的研究図書館は、
その学術誌の購読タイトル数を16,312誌から15,259誌へと6%以上も削減しました。
これを金額にすると、平均的図書館は50万ドル分に近い購読タイトルをキャンセルしました。
およそ同じ期間に、図書館で入手できるタイトル数は2倍を超えて増加しました。
小さな大学やカレッジの図書館も同様の削減を余儀なくされました。
学術誌のキャンセルほどには顕在化していませんが、他の研究資料の
購読削減はむしろ学術誌のそれよりも危機について深刻な影響を及ぼしてきたかもしれません。
1986〜1999年に、典型的研究図書館における図書の受入資料数は年に32,670タイトルから
24,294タイトルへと、26%減少しました。図書館が現在直面している図書不足の一例を
挙げると、1997年には米国、英国、およびドイツだけでも合計で50,000タイトルを超える
学術書が出版されました。一方、UNESCOの推定する1996年に世界で出版された図書の数は
約850,000タイトルでした。
他の圧力も学術コミュニケーションの一手段である図書の入手を
阻んできました。教育機関や大学は人文科学分野の図書の出版に必要な助成金をほとんど
出さなくなっているのです。専門学術書の平均販売部数は10年前の1,500部から500部に
落ち込んでいます。大学出版会は、検討の結果、出版費を回収できないことを理由に、
良質な出版物の発行を拒んでいます。その理由の一部には、大学出版会の図書をもっとも多く購入する
図書館の予算が逼迫していることがあります。
米国の図書館では、英語文献より利用される
ことの少ない外国語文献が特に探しにくくなっています。詳細はこちら。
電子リソースの
複合メリット
電子形態による学術出版物が定着しています。大きな将来性があ
りますが、大きな課題もあります。実行可能な戦略の中でも、電子出版物には危機を
克服できるもっとも大きな潜在性がありますが、まだその本領を発揮していません。
1990年代の初期には、多くの者が学術研究への電子的アクセスが
危機の解決策であると考えていました。電子出版では生産と流通の中間コストが省かれるので、
特に科学技術誌の価格高騰の緩和が期待されていました。しかし、印刷物を電子化する
コストが莫大であり、しかも商業出版者が収益の減少を拒んだため、この期待は
実現されませんでした。事実、1990年代の後半にはそれまでを上回る率で学術誌の
価格が上がりましたが、これは出版業界がその掌握する市場から電子化のコストを
捻出できることに気付いたからでしょう。
学術書の電子化が学問にもたらす潜在的メリットは明確であり、
数多くあります。
- より早く、より低価格な出版
- 創作プロセスの中でいつでも、どこででも学究仲間と協力できる
- より進んだ教育・研究ツールを製作できる(例:ビデオやサウンドクリップ)
- いつでも、どこからでも、世界のデジタル・リソースにアクセスできる
- 著作者と消費者が直接やり取りできる
- 図書館がそのコレクションを無限の利用者と共有できる
さらに、通信、研究、および教育のテクノロジ依存はこれからも、ますます速く
進んで行くことでしょう。
- 大学、民間業界、および政府は、Internet2、CA*net3、AbileneやvBNSの
ような電子インフラの開発に数十億ドルを投資してきました。
- 現在、大学は運営予算の5%をインフォメーション・テクノロジに費やしています。
しかし、電子的アクセスには問題もあります。概して図書館は、電子バージョンが
手に入るのに、印刷版の学術誌を選択します。それには多くの理由があります。
- 電子学術資料の保存には大きな不確定要素があります。紙は非常に長持ちします。
ところが、ハードウェアとソフトウェアが急速に変化している中で、学術コミュニケーションを
生業とする企業の中に電子記録の永久保存を約束する業者はほとんどありません。
- 学者・教員の中には電子出版物のみを手段とした学術コミュニケーションを
受け入れようとしない人がいます。彼らは電子版が容易に入手できるようになっても、
印刷版の学術誌を書棚に置き続けると言い張っています。
- 一部のリソースについて(例:精細なイラスト)、多くのユーザが
電子的アクセスを受け入れられないと考えています。
- 通常、電子的アクセスはライセンス契約を結ぶことによって実現されます。
図書館とその学者・教員ユーザは製品化の権利を所有しておらず、単にアクセスするだけです。
彼らはデリバリーを出版者に頼っており、多くの場合、彼らは電子リソースが中断されたら
手も足も出せません。
- 印刷資料の権利は、それを買い取った者にあります。版権の付された電子製品では、
学者・教員またはその学生に使用上の制限が課されます。
- 電子化される出版物のすべてが専門家による評価(例:電子手段によるプレプリント)
を受けるわけではありません。多くの学者・教員にとってこれは受け入れがたいことですが、
一部には質にこだわった電子出版物もあります。
- 一部の大手商業出版社は法的・技術的手段によって電子情報の使用を
制限しようとしています。
- 概して、小さな学会や大学出版会は、資金豊富な大企業に対抗できる
だけの電子インフラを構築する資金を持っていません。
- 電子出版は必ずしも昇進の機会につながらないと考えている学者・教員もいます。
上記の問題の多くは対処されつつあり、間もなく解決しそうな問題もあります。
事実、現在では、電子出版の潜在的メリットはその問題に釣り合うと考えられています。
電子出版の真に偉大な潜在的メリットは、商業出版者の出版物に競合できる
選択肢に成り得ることです。このような競合のプラスの効果はごく狭い範囲ではありますが、
既に現れています。一例を挙げると、SPARCの提携誌であるAmerican Chemical Societyの
Organic Letters は、Tetrahedron Lettersの非営利競合誌
として1999年に創刊されました。そのほとんど直後、1995〜1999年の期間に年平均で
13.8%値上がりしていたTetrahedron Lettersの価格は、2000年には
3%の値上がりで収まりました。わずか4年間で、この学術誌の価格は5,119ドルから
8,602ドルに跳ね上がりましたが(+68%)、2000年には8,859ドルに値上げされただけで
済みました。また、Organic Lettersが創刊された1999年の下半期に
Tetrahedron Letters が掲載した記事の数は1998年の同期と比較して
20%減りました。
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